
1. エージェンシー理論の考え方
本連載の第1回では、株主総会は何をする場なのかをお話ししました。第2回では、どのように株主は取締役の選任議案へ投票しているかをお話しします。
前回お話したように、株主総会の最も重要な役割は、取締役の選任になります。この取締役の選任において、株主は基本的に、エージェンシー理論に沿って、議決権を行使していることが知られています。まずは、そのエージェンシー理論について簡単に押さえておきましょう。
エージェンシー理論は、エージェンシー関係において生じる問題(エージェンシー問題)を考えます。エージェンシー関係とは、プリンシパル(依頼人)がエージェント(代理人)に業務を任せる関係のことです。株式会社における株主と経営者の関係では、プリンシパルは株主、エージェントは経営者となります。
このとき、エージェントである経営者はプリンシパルである株主のために行動することが期待されています。しかし、両者は別人であり、その利害は一致しないことがあります。また、株主が経営者の行動を逐次把握することは難しいので、両者の間には情報の非対称性(ある主体が他の主体よりも多くのことを知っている状況)が存在することになります。
利害の不一致や情報の非対称性が深刻になると、株主は経営者に対して不信を抱くようになり、業務を任せることができなくなってしまいます。そこで、エージェンシー理論において重視されるのが、取締役会の独立性を担保する社外取締役です(ここでは、社外取締役に注目しますが、エージェンシー理論が社外取締役だけに注目しているわけではありません)。
社外取締役とは一般に、取締役会における立場を超えて、企業あるいは経営者と重要な関係を持たない取締役のことです。当該企業での業務経験等を有する社内取締役に比べて独立した立場にあるため、経営者を客観的に監督できるとされます。こうした考えは、米国や英国の機関投資家をはじめとする投資家に広く支持され、多くの国において規範として受け入れられている考えになります。
2. 取締役会の独立性
エージェンシー理論に基づけば、株主は、経営者から独立した立場にある社外取締役が選任されていなければ、経営者を適切に監督できないと判断し、取締役の選任議案へ反対票を投じると考えられます。
ただし、取締役の選任において、その候補者を提案するのは原則として会社側です。そのため、もし会社側が社外取締役の候補者を提案しなければ、株主は基本的に社外取締役の選任について意思を表明できません。
社外取締役が候補者として提案されていれば、その議案に対して、取締役の属性や資質をもとに、株主は議決権行使を通じて意思を表明できます。しかし、そもそも候補者が提案されていなければ、その機会がないのです。
そうした中で、株主が社外取締役の選任を会社に求めるときには、経営トップの選任議案に反対票を投じることで、間接的に不満を表明することになります。
このような株主の投票行動は、筆者が日本の上場会社を対象に行った研究においても確認されています。具体的には、社外取締役が選任されていなかった会社の株主は、経営トップの選任議案へ反対票を投じる傾向があることが明らかにされています。
さらに、その研究では、このような経営トップの選任議案への反対は、その後の会社の意思決定に影響を与えることも明らかにされました。
取締役の選任議案の賛成率は臨時報告書で開示しなければならず、その内容が世間に公表されることを踏まえると、会社の評判を低下させるリスクを避けるためにも、株主の求めに応じることが迫られるのです。
たとえば、2013年3月28日に開催されたキヤノンの株主総会では、御手洗冨士夫代表取締役会長兼社長CEO(当時)の選任議案に対する賛成率は72%となり、議案は可決されたものの、前年の91%から大幅に賛成率は低下しました。社外取締役を1人も選任していなかったキヤノンのトップに反対票が増加したのでした。
こうした影響もあり、翌年の2014年3月28日に開催されたキヤノンの株主総会では、新たに2名が社外取締役として選任されています。その結果、同年の御手洗冨士夫代表取締役会長兼社長CEOの選任議案への賛成率は90%に上昇しました。
3. 取締役会の多様性
株主は議決権を行使して、その意思を表明することで、会社の意思決定に影響を及ぼすことができるのです。
近年では、取締役会の多様性に対する株主の視線が厳しくなっています。(下図)からもわかるように、日本の上場会社のうち女性役員をひとりも選任していない上場会社(女性役員ゼロ会社)は減り続け、役員全体に占める女性役員の比率(女性役員の比率)も年々高まっています。そうではあるものの、女性役員の比率はいまだに10%超であり、諸外国と比べて低い水準にあるのもたしかです。
政府は2023年に、プライム市場上場会社の女性役員比率を2030年までに30%以上とすることを目標に掲げており、それに呼応して、女性の取締役を選任していない会社の経営トップに対して反対票を投じる株主も増えています。
たとえば、野村アセットマネジメントは2022年11月に、「日本企業に対する議決権行使基準」を改訂し、女性の取締役がいない場合には、会長・社長等の取締役再任に反対する基準を新設しました。さらに、2024年11月には、2025年11月から女性の取締役の人数の最低水準を1名から10%に引き上げる改訂を行っています。
取締役の多様性の実現は、上場会社にとって差し迫った経営課題になっています。
今回は、どのように株主は取締役の選任議案へ投票しているのかをお話してきました。次回では、なぜ株主総会は6月に「シーズン」を迎えるのかをお話しします。(第3回に続く)
本連載は、慶應義塾大学の内田大輔教授(2024年度から「経営戦略コース」のグループ指導講師を担当)に執筆いただき、生産性新聞に掲載された記事です。
生産性新聞2025年5月25日号:連載「株主総会にみるコーポレート・ガバナンス」掲載分
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