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【連載コラム|経営と歴史の交差点】歴史的思考を補完し、より良い経営へ(第4回)

 

1. 経営における歴史的思考の意義

これまで「経営に歴史的な考え方を取り入れることの意味とは何だろうか」をテーマに、筆者の研究を「Ⅰ.歴史的背景の研究」と「Ⅱ.歴史語りの研究」の二つに分けて紹介してきました。今回は、これまでの議論を振り返りつつ、若干の新たな論点と結びつけていきます。最後に、その経営上の意義を改めて考えるとともに、注意点を付記して結びとしたいと思います。

第一回と第二回で説明した「Ⅰ.歴史的背景の研究」は、経営に関する諸現象が生み出された因果メカニズムを、①信念の効果、②時代の効果、③時間の効果に着目しつつ解明する研究プログラムでした。

この研究プログラムが実践的意義を主張できるのは、第一に、それが意外性を持つときです。アノマリー(直感や常識に基づく予想に反する現象)を説明する歴史的背景の研究は、既存の常識や直感を拡張ないし修正することで、実践に役立ちます。

第二は、自明視された現象(経営慣行や制度、職種、境界、序列、基準など)を構築してきた人々の行為を明らかにするときです。そのような研究は、人々の間に健全な批判精神を呼び起こし、より良い社会の実現に向けた改革の道を切り開く意義があります。

Ⅰ.歴史的背景の研究」の核になっている考え方自体は、決して新しいものではありません(筆者は、本務校の一橋大学におけるいくつかの研究の伝統を汲んでいると勝手に思っています)。その一方で筆者は、この研究プログラムが、ローカルな文脈を重視する点において、最近国際的に勢いを増している経営学の研究領域と親和性が高いとも感じています。それは、「土着理論(indigenous theory)」や「経営理論の脱植民地化(decolonizing management theory)」などと呼ばれる研究領域です。

これらの研究は、従来の経営学の研究が実際には西洋中心的で、従って西洋の常識が潜り込んでいるにも関わらず、その成果が世界中に通用する(普遍性を持つ)と仮定している点を、鋭く批判します。実際、読者が目にする経営学の教科書に出ている理論は、遡れば西洋にルーツのある研究者が西洋のデータを使い、西洋の雑誌に発表した論文をベースにしています。いくら中立を装っても、そこには、人間中心主義や、独立した「主体」という前提、経済合理性の優越など、西洋的なモノの見方が付着していると見るべきではないでしょうか。それを、他の場所に単純に適用してよいのでしょうか。

テキサス・クリスチャン大学(アメリカ)のブルートン教授らが提唱する「土着理論」は、こうした西洋中心主義に異議を唱え、歴史的・社会的文脈に根差した経営理論を構築する必要性を主張します。ベイズ・ビジネス・スクール(イギリス)のバナルジー教授による「経営理論の脱植民地化」は、「土着理論」でさえも西洋中心主義から逃れられていないとして、よりラディカルに、各土地の価値基準で研究すべきであると提唱しています。

 

2. 社会課題に対処する経営者に必要な思考

こうした動きは、金融危機やコロナウイルス・パンデミックを経て、いわば最も西洋的であったマネジメントの領域において、ようやく、西洋社会が布教してきた価値が問い直されてきていることと無関係ではありません。われわれの目の前には、貧困や社会的不平等、分断、気候変動など様々な深刻な問題が横たわっていますが、西洋発のマネジメントでは、それらを解決できないという声が、上がり始めているのです。貧困や気候変動のようなグローバルな課題であっても、それを引き起こしているローカルな状況はそれぞれ異なるからです。

さらに言えば、西洋的なマネジメントを普遍的と考える経営行動自体が、その副作用として、われわれの社会が直面する諸問題を引き起こす方に作用してきた、と考えることもできます。

そのため、その土地固有の問題について、その土地に精通した研究者が背景を探り、処方箋を出すことの重要性が認識されてきているのです。

もちろん、このようなローカル志向は、一歩間違えれば相対主義による没交渉(それぞれ違うのだから、他国・他地域と対話する意味はないという姿勢)に陥るリスクもあります。

しかし、そのような危うさを孕みながらも、思考を停止して西洋に身をゆだねるのではなく、自分たちの問題の固有性を見定め、自分たちで解決策を探っていく姿勢を持つことは大切であると、筆者は思います。そして、欧米諸国に比べれば、「Indigenous(土着の/先住民族の)」や「colonial(植民地の)」といった問題をイメージしにくい日本社会では、やや単純な名前ではありますが、「歴史的背景の研究」が、そうした動きを担うストリームになり得るのではないかとも感じます。

こうした研究の動向は、読者には無関係なものに感じられるかもしれません。しかし経営に関しては、実践の領域においても、「先進的な西洋社会が問題の解決策を持っている」という発想が、いまだに根強いようにも感じられます。

相対主義に陥ることを回避しつつ、こうしたモダニズム的発想を批判的に捉え直していく思考は、現代の社会課題に対処する日本企業の経営者にとって、今後ますます重要になってくるのではないかと、筆者は感じています。

「ハムレットの舞台」という歴史語りによって多数の観光客を惹きつけているデンマークのクロンボー城(筆者撮影)

 

3. 経営者が主体的に過去と関わる余地

第三回では、「Ⅱ.歴史語りの研究」を説明しました。この研究では、企業の経営者もまた歴史の語り手であり、経営者が戦略的に語った歴史は重要な経営資源になり得る、と考えます。その上で、経営者によって語られた歴史が経営成果(例えば企業ブランド)の構築につながるメカニズムを説明しようとします。

多くの経営者にとって、過去は動かしがたい制約に映っているかもしれません。しかし「歴史語りの研究」が示す通り、経営者には、現在や将来の課題に照らして主体的に過去を振り返り、戦略的に歴史を語る余地があるのです。第三回で説明したように、この発想は、特に日本企業の国際展開において重要な視点になると思います。

ただし「Ⅱ.歴史語りの研究」には注意すべき点があります。この研究では、歴史を語る者は完全な客観性を持ちえず、従って歴史は本質的に主観的であると考えます。しかし、だからといって、無責任さが認められるわけではありません。例えば、過去の失敗が簡単に忘れ去られたり、美談に塗り替えられたりしてしまえば、組織が失敗から学ぶことは難しくなります。また経営者が「歴史語り」と捏造とを混同すれば、過去を知る従業員にモラル的な葛藤が生まれる可能性があるでしょう。また仮にそうした風潮が広がれば、社会全体に大きな損失が生じる恐れがあります(ジョージ・オーウェルのディストピア小説、『1984』を参照してください)。

 

4. 現代社会における重要資源としての歴史語り

それでも筆者は、現代の日本企業にとって、「歴史語りの研究」には重要な示唆があると思います。 経営は、複雑で多面的なものです。その中には、実証主義的な(客観的な)アプローチでは接近し難い主観的側面、意味の世界があるのです。歴史語りの研究は、明らかに後者の主観的側面に関わります。

そして、技術・機能による差別化が困難になってきた現代社会では、R&Dや製造部門と同じくらい、あるいは産業によってはそれ以上に、主観と主観が相互作用するコミュニケーションの領域が、経営戦略における重要なフィールドになっていることを忘れるべきではありません。この時代において、歴史語りは日本企業の重要な資源になり得るはずです。(終わり)

※本連載は、JSPS科研費(課題番号JP21H00738及びJP23KK0229)、野村財団社会科学助成、一橋大学如水会の助成を受けた研究を題材にしました。

 

本連載は、一橋大学大学院/東北大学大学院の酒井健准教授(2020年度から2023年度まで「経営戦略コース」のグループ指導講師を担当)に執筆いただき、生産性新聞に掲載された記事です。

生産性新聞2025年2月25日号:連載「経営と歴史の交差点」掲載分

酒井 健

一橋大学大学院 経営管理研究科 准教授
東北大学大学院 経済学研究科 准教授

2003年早稲田大学卒業、企業勤務を経て2015年一橋大学大学院商学研究科博士後期課程修了。博士(商学)。2023年より現職。

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