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【連載コラム|経営と歴史の交差点】組織の不思議を解き明かす(第1回)

 

1. 経営に歴史的思考を取り入れよ

筆者は、一橋大学(東北大学兼務)で、経営史と経営組織論を専門とする研究者です。現在はデンマークのコペンハーゲン・ビジネススクールに、客員研究員として滞在しています。

私の研究領域は、経営と歴史の交差点にあります。まだイメージが浮かばないかもしれませんが、「経営に歴史的な思考を取り入れる」ことには、経営の実践に携わる読者にとって、大きな意味があります。その意味とはどのようなものか、この連載を通じて一緒に考えていければと思います。

この連載での「歴史」とは、用語や年号を暗記するような一般的なイメージとは異なります。話を分かりやすくするために、経営に歴史的な思考を取り入れる研究を、大きく「Ⅰ.歴史的背景の研究」と「Ⅱ.歴史語りの研究」の二つに分けましょう。

これは、筆者が東京都立大学の井澤龍准教授との共著論文で使った分類です。前者は、何らかの経営現象が生じた理由を、時代と時間に着目しながら説明する研究です。後者は、経営者自身が語る歴史と、その影響について分析する研究です。私は、これら二つの研究群が、経営者に求められる思考力の涵養に繋がると考えています。

今回と次回では、Ⅰ.歴史的背景の研究について説明します。この研究では、結果として生じた経営現象を出発点にして、それが生じた背景を説明しようとします。経営現象として主に注目されるのは、企業にとってポジティブな経営成果です。例えば、経済的成果(例:営業利益)、技術的成果(例:イノベーション)、社会的成果(例:評判)、政治的成果(例:業界ルール)などがあります。

しかし、歴史的背景の研究では、企業の失敗や不祥事なども研究対象になるため、「経営成果」ではなく「経営現象」という言葉を使っています。

 

2. 信念の効果

歴史的背景の研究には、①信念の効果、②時代の効果、③時間の効果という三つの特徴があると考えられます。

第一に、信念の効果について考えましょう。歴史的背景の研究では、社会的信念が経営の歴史を左右すると考えます。例えば、化石燃料の存在が、それだけで経営の歴史を動かしてきたのではありません。私たちの社会が化石燃料をどう解釈し、どのようなものと信じてきたかが、経営の歴史に大きく影響してきたと考えるべきです。

こうした社会的な信念は通常、ある程度の持続性を持ちますが、人類の時間軸で見れば「不変性を持つ」と言える自然物と比べると、はるかに不安定です。なぜならば、人間には学習して反省する力があり、それに伴って解釈・信念を修正するからです。化石燃料の例を考えれば、その点は明らかでしょう。

もう一つの例として「株主価値最大化」を考えてみましょう。コペンハーゲン・ビジネススクールで金融史を専門とするハンセン教授によれば、株主価値最大化は資本主義社会の本質的特徴ではなく、1970年代以降のアメリカで、特定の立場から語られて広められた考え方です。その後、この考え方は日本にも広まり、あたかも絶対的真実であるかのように、幅広い人々に信じられた時期がありました。その信念は、日本社会の経営の歴史に影響を与えたでしょう。しかし少なくとも日本では、最近、株主価値最大化に対する疑問の声も大きくなってきているようです。

 

3. 時代の効果

第二に、時代の効果を考えます。経営は、閉ざされた実験室ではなく、常にオープンな環境で行われ、その時代の(共時的な)影響を受けて、ある結果に繋がっています。

例えば、労働時間と経済成果の関係性を考えてみましょう。最近は、安易に使われてきた感のある「働き方改革」への反動か、「経済成長には長時間の頑張りも大事だ」といった論調が、一部で強くなっているようです。

その論調を支えているのは、高度経済成長期に男性正社員の労働投入時間の長さが日本企業の好業績に寄与していたイメージかもしれません。

しかし現代の日本で、組織が単純に労働時間を伸ばして成果を高めようとするのは考えものです。その当時の男性正社員のモーレツ労働を可能にしたのは、年功序列と終身雇用、性別役割分業といった社会制度です。それらの社会制度がなければ、長時間労働を是とする信念は形成されず、モーレツな働き方は長続きしなかったでしょう。また、それらの制度が機能した背景には、内需が拡大し、輸出も伸びていたことがあります。

高度経済成長期の男性が今よりもタフだったわけではなく、このような時代の条件があったからこそ、彼らが長時間労働を受け入れ、持続できたと考えるべきです。

 

4. 時間の効果

第三は時間の効果、つまり通時的な影響です。経営の因果関係は、しばしば長い時間の中で展開していくものです。

例えば企業の技術能力は、通常長い時間をかけて蓄積されます。筆者はかつて、栃木県に本社がある医療機器企業・マニーについて研究しました。そして、地方の中小企業である同社が手術用縫合針や眼科ナイフなどの分野で世界トップになった背景には、経営者が主導してステンレス超微細加工技術を洗練していく、長期的な過程があったことを明らかにしました。

栃木の医療機器企業・マニーは技術を洗練する長期的な過程を経て世界トップになった(写真=同社提供)

また経営者による「種まき」のメタファーも、時間の効果を理解するのに適しているかもしれません。筆者は以前に建設機械のコマツ(小松製作所)を調査し、故安崎暁元社長に聞き取りを行ったことがあります。その中で浮かび上がってきたのは、1990年代に赤字の中で批判を受けながら安崎元社長が行った、IT投資を含む改革の影響です。この改革は、長い時間を経て形になり、2000年代における好業績の基盤になっていたのです。

この時期のコマツは、坂根正弘元社長が掲げた「ダントツ経営」の言葉とともに大きな注目を集め、称賛されました。しかし、安崎元社長の改革を振り返る動きは、ほとんど見られなかったようです。

このように世間では、好業績時の経営者を高く評価する傾向があります。これは、「時間を圧縮した経営者評価」と表現できるかもしれません。しかし実際には、過去の経営者の打ち手が、時を経て現在の経営者の取り組みに結びつき、一体となって、業績に寄与していることが多いのです。

なお、「時間を圧縮した経営者評価」は、幅広い日本企業にネガティブな影響を与えている可能性があります。この評価の蔓延は、「在任中の業績を上げることだけが重要だ」と考える経営者を増やすでしょう。そう考えた経営者は、次世代のための「種まき」をせずに、短期的に業績に繋がる施策に偏重するでしょう。そうした施策は次世代の経営をサポートしないため、企業としては、中長期的に安定成長する機会を逸していると言えます。

 

5. 驚きと気付きの重視

歴史的背景の研究は、簡単に言えば、驚きや気付きを与えることで、経営の実践に貢献することができます。従来の常識ではうまく説明できない経営現象に、妥当な説明を提示できているかどうか。あるいは、当然視されてきた経営現象の背後に潜むメカニズムを鮮やかに解明しているかどうかが重要です。

しかし、「過去の事例を掘り下げても、一般性がないので役に立たないのではないか」という疑問を抱く人もいるかもしれません。

次回はそうした意見も想定しつつ、歴史的背景の研究の意義について、さらに議論を深めたいと思います。(第2回に続く)

 

本連載は、一橋大学大学院/東北大学大学院の酒井健准教授(2020年度から2023年度まで「経営戦略コース」のグループ指導講師を担当)に執筆いただき、生産性新聞に掲載された記事です。

生産性新聞2024年11月25日号:連載「経営と歴史の交差点」掲載分

酒井 健

一橋大学大学院 経営管理研究科 准教授
東北大学大学院 経済学研究科 准教授

2003年早稲田大学卒業、企業勤務を経て2015年一橋大学大学院商学研究科博士後期課程修了。博士(商学)。2023年より現職。

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第2回 歴史的背景の研究を実践に活かす

 

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