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【連載コラム|経営と歴史の交差点】歴史語りで戦略の幅を広げる(第3回)

 

1. 「歴史語り」の発想

Ⅰ.歴史的背景の研究」に加えて、近年筆者が取り組んでいるのが、「Ⅱ.歴史語りの研究」です。この研究では、研究者が歴史を語るのと同じように、経営者もまた歴史の語り手であると捉えます。そして、語られた歴史が、様々な企業の成果に影響を与えると考えます。歴史が主観的に構築されたものであるという見方は、歴史哲学において以前から存在していました。2010年代に入り、ビクトリア大学(カナダ)のロイ・サダビー教授らによる「修辞史」の研究によって、この視点を経営に応用する考え方が普及しました。この考え方には副作用もあります。しかしそれでも、この考え方には現代の日本企業にとって重要な示唆があると思います。

 

2. 視点①「過去と歴史を区別する」

2010年代以降、主に欧州の経営組織論・経営史の研究者の間で「Ⅱ.歴史語りの研究」に関係する様々な研究が進んでいます。

この研究ストリームの第一のポイントは、過去と歴史を区別することにあります。ここでの過去は、現在よりも前に起きた客観的事実を指します。これに対して歴史は、特定の行為者が過去を振り返って構築するものです。そのためこのプログラムにおいて、歴史とは、語り手の利害や関心、好み、願望が反映されるものとして理解されます。

ただし、このことは、歴史を完全な創作と見なす極端な立場を肯定するものではありません。ここでは深く立ち入りませんが、歴史は主観的であるものの、可能な限り実在する過去に根差して、真摯に構築されるべきだと、筆者は考えています。

 

3. 視点②「歴史語りが経営成果に繋がる」

第二のポイントは、そうして語られた歴史が、聴衆の共感を呼び、企業の正当性やブランドなどの経営成果に繋がるという点です。

経営成果の一例として、変革の正当化が挙げられます。バース大学(イギリス)のマイリー・マクリーン教授らは、P&G社の研究を通じて、経営者が語る歴史が戦略転換の正当化に資することを明らかにしています。戦略の転換は、時に一部のステークホルダーの反発を招きます。彼女らの研究では、経営者が創業者のエピソードや言葉を借りて自社の歴史を語り、それを通じて戦略転換の妥当性を示すことで、ステークホルダーを効果的に説得できると論じられています。

もう一つの例として、企業ブランドがあります。ビジネススクールESADE(スペイン)のオリオール・イグレシアス教授らは、アディダス社の事例研究を通じて、歴史を組み込むことで強固な企業ブランドを構築できると論じます。アディダスは一時期、自社の歴史を軽視し、スポーツ以外の幅広い分野に製品を展開しましたが、ブランドが曖昧になってしまい、危機に陥りました。その後、創業者の哲学やアイデアを掘り起こし、スポーツを基軸に自社ブランドを再構築することで、競争力のある地位を取り戻しました。

これら以外にも、組織アイデンティティの構築など、様々な経営成果に対して歴史語りが影響を及ぼすことが、これまでの研究で分かってきています。

多くの日本企業にとって、歴史を経営に活用する発想は、戦略の幅を広げ、次の一手の発想を豊かにするものではないでしょうか。日本企業には、過去を「しがらみ」として捉え、そこから逃れるために、現在と未来へと目を向けようとする傾向が強いように思われます。これに対して、歴史語りの研究は、歴史という経営資源を生み出す素材が眠る場として、過去を捉える視点を提供しています。

「歴史語り」は、企業だけではなく、大学や病院など、様々な組織が活用できるものです。例えば筆者が兼務する東北大学は、日本で初めて女子学生を受け入れた歴史を頻繁に語ってきました。多様性や包摂が重視される社会において、この歴史語りは、大学のブランド力を高める資源として機能してきました(ただし第二次トランプ政権になり、多様性を重視する姿勢には逆風も吹き始めています。社会の風潮が大きく変われば、この歴史語りの資源的な価値も変化するでしょう)。

 

4. 土地の歴史を経営資源にした事例

企業を始めとする組織が活用できるのは、自らの過去にとどまりません。組織は、所縁のある土地の歴史を戦略的に語り、自社の成果に結びつけることができます。例えば、ナポリのネクタイ製造業者が、自社そのものではなくナポリの由緒正しさを語り、経営資源にしているという研究があります。このほか、フランスのワイナリーが同様の戦略をとっているという研究もあります。

 

5. 歴史を海外展開の武器に

自社や土地の歴史を戦略的に語る発想は、現代における日本企業の国際ビジネスに重要な視点を提供します。

これまでの日本企業の国際戦略の主軸はコスト・パフォーマンス比にあり、技術イノベーションとコスト削減に重点が置かれてきました。しかし現代では、新興国の企業でも十分な性能を実現できる製品が増えており、従来のアプローチで日本企業が勝負することが苦しくなっています。

その一方で、海外には多くの富裕層が生まれており、高い価値を感じたものには、日本の感覚では考えにくいほどのお金を支払います。これからの日本企業にとっては、そうした層に価値をアピールして高く販売することが鍵になるはずです。

しかし既述の通り、機能面の差別化によって価値を認めさせることは困難になっています。こうした状況では、モノづくりだけではなくコミュニケーションを活性化し、海外の顧客が持つ日本企業の主観的価値を高める必要があります。「歴史語り」は、そのための武器になり得ます。

 

6. デンマークの現場では

例えば現在筆者が滞在しているデンマークは、一般に日本に対して肯定的なイメージを持っていると言われます。有名なデザインミュージアム・デンマークでは、2024年に日本を特集する展示会が開催されました。そこでは近代日本の絵画などが、興味深く美しいものとして、人気を博していました。社会の動向に敏感な日本企業は、歴史語りを武器に単価を上げて、自社を高級カテゴリーに位置付けることに成功しています。

一例として、良品計画(無印良品)を見てみましょう。筆者の調査では、2024年12月末、デンマークの首都コペンハーゲン中心部の無印良品で、ベージュの紙筒に入った60本の色鉛筆が259クローネで売られていました。1クローネが約22円として約5700円、一本あたり約95円です。これに対して同じ時期、大手スーパー等の文具売り場2箇所では、定番のプラスチックケース入り36本入り色鉛筆は100クローネでした。同じ為替レートで計算すると一本あたり約61円です。色鉛筆の機能には差がないと仮定とすれば、無印良品の方が約1.5倍高い価格設定になります。他の製品も総じて、デンマーク国内で見ても高い価格設定になっていますが、店舗は賑わっています。ちなみに同社のデータブック(2024年8月期)によれば、欧米事業の営業利益率は国内事業よりも約4ポイント高い結果でした。強気な価格設定が寄与している部分はあるでしょう。

背景にあるのが、「歴史語り」によって支えられた同社の企業ブランドの価値です。同社は、店頭やホームページにおいて、アンチ・ブランド精神に根差した自社の創業の歴史を、素朴さを大切にする日本の伝統と結びつけながら、繰り返し語っているのです。その歴史語りが、無印良品とはいかなる企業なのかを効果的に伝えており、デンマークの人々に高い価値を感じさせているようです。

コペンハーゲンの無印良品店舗では、レジ横の目立つ場所で、創業の歴史と精神が語られている(筆者撮影)

「歴史語り」は、日本企業が海外市場で高付加価値経営を実現する鍵になる可能性を秘めています。そのためには、まずコミュニケーションを戦略領域と捉え、そこで活用できる重要な資源として歴史を認める視点が重要です。その上で、より実践的には、企業史料の保存・管理、歴史を伝えるコミュニケーションに秀でたスタッフ人材への投資などが重要になるでしょう。(第4回に続く)

 

本連載は、一橋大学大学院/東北大学大学院の酒井健准教授(2020年度から2023年度まで「経営戦略コース」のグループ指導講師を担当)に執筆いただき、生産性新聞に掲載された記事です。

生産性新聞2025年2月15日号:連載「経営と歴史の交差点」掲載分

酒井 健

一橋大学大学院 経営管理研究科 准教授
東北大学大学院 経済学研究科 准教授

2003年早稲田大学卒業、企業勤務を経て2015年一橋大学大学院商学研究科博士後期課程修了。博士(商学)。2023年より現職。

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