
経営アカデミーグループ研究報告書より
シン・スキルマトリックス
攻めのガバナンスを実現する取締役の選び方
(2024年度 経営戦略コース Dグループ)
1. なぜ今スキルマトリックスが重要視されているのか
2015年に「コーポレートガバナンスコード」が策定されて以降、「独立社外取締役を3分の1以上選任する上場会社」の割合は、2022年時点で9割(プライム市場)を超え、取締役の有する知識・経験・能力等を一覧化した「スキルマトリックス」の開示も殆どのプライム上場企業で定着しつつあり、形式的な要件は大きく向上・充足している。
日本の取締役会は、マネジメント型とモニタリング型に大別される中、事後的な評価を客観的に実施する観点から社外取締役の重要性がフォーカスされ、また投資家やその他ステークホルダーからの評価も高いモニタリング型が世界の趨勢となりつつある。取締役を選任するにあたり、取締役会が多様な役割を果たすことができるか、各取締役が有するスキルおよび、取締役会におけるスキルの保有分布について一覧化したスキルマトリックスは、企業を評価するための重要な情報である。
2. スキルマトリックスは形骸化していないかという問題提起
スキルマトリックスは、取締役会の実効性確保において、今後も活用されていくべきものであるにも関わらず、現状のスキルマトリックスの多くは形式的に作成されている、もしくは単に開示しただけに留まっている可能性がある。
本研究では、日本企業はスキルマトリックスについてコーポレートガバナンスコードの意図通りに運用しているか(リサーチクエスチョン1)、また運用されていないとすれば、どのような企業がしていないのか(リサーチクエスチョン2)、という二つの問いから、取締役会の攻めの意思決定に向けて前向きに取り組む企業群のスキルマトリックスを検証し、そのうえで形式的な対応に留まる企業群に関する特徴について示唆を得ることを目指すものである。
3. 日経225企業を対象にした分析方法と検証プロセス
本研究の分析に必要となるスキルマトリックスは、株主総会招集通知やコーポレートガバナンスに関する報告書を公表している上場会社のうち、日経225の上場会社を対象とした。ただし、当局からの規制によるガバナンスがある規制産業を除外し、173社を選定した。
リサーチクエスチョン1を解明するため、コーポレートガバナンスの趣旨にのっとり、スキルマトリックスがどのように策定されているのか分析を行った。取締役会における必要スキルの抽出に関し、各スキルを選定した理由が明確である、スキルの定義や考え方の説明に留まっている、表のみの開示であるの三つのカテゴリに分けた。さらには、取締役の選任理由として、候補者が取締役会の求める必要スキルに紐づいた人材であり、そのスキルの根拠が明示されているかを重視して二つのカテゴリに分けた。これらを踏まえ、スキルマトリックスを四つのカテゴリに分類し分析を実施した。
さらに、リサーチクエスチョン2について分析を行った。分析においては、コーポレートガバナンスコードの趣旨を踏まえてスキルマトリックスの策定を行っていると考えられるカテゴリⅠ・Ⅱ・Ⅲの企業群をHigh企業(H)群、スキルマトリックスの開示に留まるカテゴリⅣの企業群をLow企業(L)群として、H軍、L軍における各種財務データの平均値の差について、その差が有意性を持つか、t検定を用いて確認した。
4. 分析から見えた二極化するスキルマトリックス運用
本稿では、スキルマトリックスの分析に際し、コーポレートガバナンス改革の趣旨を踏まえた、あるべきスキルマトリックスの策定プロセスに着目した分析のフレームワークを提示したうえで、そのフレームワークに基づき、企業の分類を実施した。
この分類により、コーポレートガバナンス改革が進展しているとみられる大企業においても、スキルマトリックスの策定プロセスにおける対応には、ばらつきがあることが判明した。
さらに分類された結果を用い、スキルマトリックスを適切に運用しているか否かの企業特性の分析を実施した。その結果を総括すると、「業績の悪いまたは収益力や競争力が劣る企業ほど必要性に駆られて対応しているが、そうでなければ形式的に対応しているに留まっている」という点が明らかになった。これは、経営陣の将来への危機感の差異が表れているということが示唆される。
スキルマトリックス策定に対するスタンスの差異が生じる背景としては、スキルマトリックスの開示はまだ始まって間もないものであることから、対応の積極性が業績に起因しているものと考えられる。すなわち、将来の経営に現時点で何らかの危機感を持つ企業においては、コーポレートガバナンスコードの趣旨を踏まえ、スキルマトリックスの策定を通じ、実効的な取締役会のガバナンス体制を構築する意識が高いため、よりスキルマトリックス策定に関しては前向きに取り組んでいるのではないかと考えられる。
5. 業績とガバナンス意識から見えた企業の実態
スキルマトリックスは、コーポレートガバナンス改革において、やるべき事柄であることは論を俟たない。本稿の調査で提案したスキルマトリックスの分析フレームワークは、策定プロセスにおける考慮すべき内容を端的に示している。さらにその開示の際に必要となるポイントについて、実務的に改善を図る際に参考とすべき点が明確に示されており、重要な実務的なインプリケーションと言える。
また、本稿の調査で優良事例として挙げられたA社は取締役の選任において、自社の戦略を勘案したスキル項目に対し、取締役個人にも明確に紐づけられていることから、その透明性は高く、スキルマトリックス策定および開示におけるベストプラクティスと言える。
一方で、その取り組み姿勢が不十分である企業も依然として数多く存在することも判明した。その代表例であるカテゴリⅣに分類される企業群では、スキルマトリックスのみを形式的に示すのみであり、企業の経営戦略と取締役会構成のつながりに対する透明性は低い。この点から、日本企業のスキルマトリックスの策定に関して、コーポレートガバナンス改革の趣旨を十分に踏まえたものとなっているとは言い難く、改善の余地が大きい。
特に本稿で認識された課題の一つには、現時点で業績の良い企業において、その取り組み姿勢はより形式的であるという点である。業績の良い企業においても、積極的に質の高いスキルマトリックスの策定を行い、実効性の高い取締役会の構築を行うことが持続的な企業価値の発展に寄与すると考えられる。また、経営の意図をステークホルダーに対して適切に伝えることで、さらなるポジティブな効果が得られるはずである。加えて、日本を代表する好業績の企業がコーポレートガバナンス改革の中でも重要な社外取締役の選任に際して、より透明性を高めていくことが、日本全体のコーポレートガバナンスの底上げに寄与し、企業の競争力を高める可能性がある。
むしろ、好業績企業は適切なガバナンスをすでに実施している可能性が高いにも関わらず、適切な対応を怠っている状況は、無用なディスカウントを受け、ある意味では損をしている可能性すらあると言える。
本稿における結果を踏まえると、好業績企業ほど積極的に質の高いスキルマトリックスの策定を行っていくことが求められるのではないかと言える。
6. 今後の研究課題とさらなる検証の方向性
今回の研究は、日経225銘柄のうち規制業種を除いた173の企業をサンプル抽出した結果に基づく研究である。コーポレートガバナンスコードが適用されるその他の上場ステージ(スタンダード、グロース等)はサンプルとして抽出されていないため、所与の前提条件の情報が限定的である中での考察となっている。
次に、対象とした企業の業績は直近決算実績に基づくデータであり、時系列での業績の成長率等は考慮していない。従って、各スキルマトリックスの明示の効果を時系列で見ていないため、カテゴリⅠ~Ⅳ分類に分けて時系列フォローを行うことが望ましい。
以上のような課題を残してはいるが、本稿でスキルマトリックスを切り口とした一定の分析及び考察を提示できたことは実務的に大きな価値があると言える。
本稿の分析結果が日本のコーポレートガバナンス改革の一助となり、日本企業の価値向上の糸口となることを期待したい。
産学協同のビジネススクールを運営する日本生産性本部の経営アカデミーは、参加者の研究成果として、各コースのグループごとに「グループ研究報告書」を作成しています。本連載は、2024年度の報告書の概要を紹介したものを、生産性新聞に掲載された記事です。
生産性新聞2026年2月25日号:連載「2024年度 経営アカデミー グループ研究報告書から」掲載分
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