
経営アカデミーグループ研究報告書より
TMS(トランザクティブメモリーシステム)と事業構造転換の成功要因に関する研究
知の共有が未来を拓く!TMSと両利き経営のメカニズム
(経営戦略コースCグループ)
1. なぜ今、事業構造転換にTMSが重要なのか
近年、技術革新と市場環境の変化により、企業は持続的な成長のために事業構造を転換する必要に迫られている。事業構造の転換には、既存事業の強化と新規事業の開拓を両立させる経営手法(両利きの経営)が求められる。
この経営戦略を実現するためには、市場の変化を感度高く捉えることに加えて、自社の能力を適切に把握し活用することが重要であり、企業として「誰が何を知っているのか(Who knows what)」が高い次元で共有されている必要がある。すなわち、トランザクティブメモリーシステム(以下、TMS)が高いレベルで機能している必要がある。
企業におけるTMSは、企業の過去の経験や学習を組織的に蓄積し、未来の意思決定や戦略策定に役立てることを目的としており、知識の共有だけでなく、過去の自社の成功事例や失敗からの学びも重要な要素となり、新規事業の創出においては、自社内TMSの活用のみならず、社外の知識・経験・能力を活用したオープンイノベーションへの取り組みも重要である。
以上から、事業構造転換のために「両利きの経営」を実践するには経営者である企業トップやトップマネジメントチームが企業内においてTMSを形成、活用することが重要であることが示唆される。しかし、事業構造転換期において、トップマネジメントチームがどのようにTMSを構築・機能させているかについては十分に解明されておらず、また、似た事業環境にある同じ業界内の企業においても選択している経営手段には差異が生じているケースもあるように見受けられる。
そこで、本研究では、「事業構造転換期におけるトップマネジメントチームのTMSはどのようなメカニズムで機能するのか」をリサーチクエスチョンとして設定し具体的な事例や先行研究を分析する。企業がTMSをうまく活用することで両利きの経営を実践し、事業構造転換を成功させるための示唆を得ることを目的とする。
2. TMS研究におけるトップマネジメントチームの位置づけ
近年の経営学研究では、組織の知識共有が企業の競争力向上に不可欠であることが指摘されている。その中でも、組織内の知識を効率的に共有し活用する仕組みが注目されており、トップマネジメントチームの知識連携の重要性が強調されている。
既存研究では、TMSが経営判断の迅速化や組織の適応力向上に寄与するなど一定の知見は示されている。しかし、TMSを有効に機能させるメカニズムについては、十分な研究が行われていない。TMSがどのように形成され、事業構造転換期にどのような役割を果たすのか、特に、事業部門間の壁や役員間の利害対立、組織構造の複雑さといった大企業特有の課題を克服し、TMSの機能を高めるための具体的な方策については十分に解明されていない。
そのため本稿では、「事業構造転換期におけるトップマネジメントチームのTMSはどのようなメカニズムで機能するのか」をリサーチクエスチョンとして設定した。
3. 事例比較によるTMS機能の分析方法
本稿では複数事例の定性的な分析を実施した。比較対象として多くの共通点を持ちつつ、特徴的な相違点がある方が理論構築に有益であることから、具体的なケーススタディの対象として、主力事業の衰退期に類似した事業内容かつ技術アセットを有し、両利き経営を実践しつつも、事業衰退期における対応に特徴的な相違点がある2社を選定し、両社の経営戦略の違いとTMSの機能を比較分析した。
データ収集は、両社の統合報告書や有価証券報告書などの公式文書の分析に加え、過去および現在の経営層へのインタビューを実施することで、多角的な視点からTMSの影響を検証した。比較分析の観点としては、先行研究を裏付けとしたトップマネジメントチームにおけるTMSの構成要因フレームワークを設定し、それぞれの要因がTMSの機能に与える影響を分析した。
4. 事業構造転換を成功に導くTMSの作用メカニズム
本稿では、「事業構造転換期におけるトップマネジメントチームのTMSはどのようなメカニズムで機能するのか」というリサーチクエスチョンを明らかにするために、事業構造転換にはそもそも両利きの経営が必要となるとの先行研究のもと、主力事業の衰退期に類似した事業内容かつ技術アセットを有する2社について事例分析を行った。
トップマネジメントチームにおけるTMSを構成する要因を示したフレームワークをもとに行った比較分析の結果、「危機感の共有」、「相互理解」、「リーダーシップ」、「コーポレートR&D部門が技術のハブとして機能する組織構造」の四つが、TMSを機能させる要因として働きかけていることを示すことができた。さらに、これらの複数の要因が相互に作用した場合に、より大きな影響を与えるメカニズムが浮かび上がった。これらの作用がどのような因果関係をもって機能するのかを、ロジックツリーとしてつなげることで、一つのメカニズムとして示したことが本研究での発見である。
特に、縦割りで保守的であった組織が全社横断的なコア技術を活用する組織へと変貌した結果、新規事業の探索と既存事業の深化の双方を成功させた。そして、コア技術を活用する組織に変貌できた要因は、「出自が非主流であるトップ」が主力事業への傾倒を抑制し、外部環境の変化による「強い危機感」が全社レベルでのTMSを機能させるドライビングフォースとなったことに起因する。また、「個々の社員の高い課題設定能力を育む組織カルチャー」がボトムアップ型の戦略を創出し、「オーナーシップ型経営」を下支えする。そして、「強い危機感」が、高い課題設定能力を有する文化が育まれている環境下において、各レイヤーがトップのビジョンを自分ごと化し、組織の技術・情報をクロスファンクショナル的に活用することでTMSを強く機能させるものとなった。これらの分析により、「ドライビングフォースの存在」と「組織カルチャー」が複数の要因を相互に作用する橋渡し役となり、結果として事業構造転換を成功に導く鍵となることを示唆することができた。
5. TMS研究への新たな示唆
本研究は、TMS研究において、従来の研究では十分に解明されていなかった大企業特有の課題を克服し、TMSの機能を高めるための具体的な方策を提示した点で学術的な貢献があると言える。事業構造転換期のTMSに焦点を当て、トップマネジメントチームとミドルレイヤーにおけるTMSの機能メカニズムを明らかにしたことは、今後のTMS研究に新たな視点を提供するものである。
6. TMS向上策が促す両利きの経営と持続的成長
本研究の知見は、事業構造転換に直面する企業がTMSを効果的に構築・活用するための具体的な指針となる。トップマネジメントチームに対する示唆として、事業構造転換期においてTMSを外部環境の変化に対応させ、中期経営計画などの経営戦略と整合させることが、長期的かつ高いレベルで機能することが明らかになった。
さらに、トップマネジメントチームの多様性を確保し、ボトムアップ型のリーダーシップを促進すること、そして社員の課題設定能力を高める組織カルチャーを醸成することが重要である。これにより、ミドルレイヤーにおいてトップのビジョンを「自分ごと化」し、課題解決を自らの意思で行う意識が醸成され、組織のTMSが向上する。
具体的な行動としては、多様な専門知識や経験を持つ人材の登用、部下からの意見やアイデアの積極的な聞き取りと議論の促進、社員の課題設定能力を高める研修や異文化理解を深めるプログラムの実施が挙げられる。これらの取り組みにより、TMSを支える人材を育成することが可能となる。
特に、これらのTMS向上策を実践することで、事業構造転換期において既存事業の強みを生かしながら新規事業を創出し、持続的な成長を目指す両利きの経営を促進することができる。最後に、本研究で示されたTMSの成功要因は、企業が事業構造転換を成功させるための重要な要素であるが、これは一例に過ぎない。企業はこれらの要因を参考に、自社の状況に合わせてTMSを構築することが重要である。
産学協同のビジネススクールを運営する日本生産性本部の経営アカデミーは、参加者の研究成果として、各コースのグループごとに「グループ研究報告書」を作成しています。本連載は、2024年度の報告書の概要を紹介したものを、生産性新聞に掲載された記事です。
生産性新聞2025年10月25日号:連載「2024年度 経営アカデミー グループ研究報告書から」掲載分
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