野中郁次郎 名誉学長 x 沼上幹 新学長 対談

日本変革へ「見抜く力」養成
 経営アカデミーで「知の格闘」を

日本生産性本部が運営するビジネススクールである経営アカデミーの第8代学長に、沼上幹(つよし)・一橋大学大学院経営管理研究科教授が10月1日付で就任した。沼上新学長は11月5日、経営アカデミー名誉学長の野中郁次郎・一橋大学名誉教授と対談した。沼上氏は、日本企業の国際競争力強化が課題となる中で、主体的に革新し、価値創造していく行動力あるビジネスリーダーの養成に取り組む方針を示した。

沼上新学長が抱負

第7代学長の榊原清則・慶應義塾大学名誉教授の逝去に伴い、沼上氏が後継の学長に就任した。経営アカデミーは名誉学長の野中氏と新学長の沼上氏のもとで、今後一層、経営人材の育成に取り組む。

両氏は企業家にとって大事なこととして、「さまざまな議論や現象の背後にある本質を考えること」「その本質を概念化、理論化することによって、論理的納得性をもたせること」「それらを現実に適用する方法論を開発すること」の3点を指摘。こうしたプロセスは「組織内外の知的、人的ネットワークを総動員し、知の綜合化を図らなければ達成できない」としている。

この日の対談で野中氏は、日本の国際競争力低下の背景には、「オーバー・プランニング(過剰計画)」「オーバー・コンプライアンス(過剰規制)」「オーバー・アナリシス(過剰分析)」の三つの過剰があると指摘した。

そのうえで、「いま・ここ・私だけ」が持つ一人ひとりの主観や経験の質を、組織としての「いつでも・どこでも・誰にでも」の客観へと昇華させていくことで、経験の質を数式による量に変換することが重要であるとの考えを示した。

また、「人間の感性・理性のバランスや身体性の復権といったことが、もっと日本企業のマネジメントや経営システム、人事政策に反映される必要があるのではないか」と述べた。

一方、沼上氏は、「目に見えるものだけではなく、目に見えるものの背後に目に見えないメカニズムがあって、それについて考える力が求められている」と指摘。数字や表面的な現象を手がかりに背後に存在しているものを自分で見抜く力や、あるいは自分で作り出す力を持つことが、日本社会を変えるために重要なポイントになるとの考えを示した。

さらに、経営アカデミーの役割については、「アカデミックな知とビジネス界の知の交流が活発に行われること、また、業種を超えて、社内の常識が通じない人たちと語り合うことが極めて重要な経験になる。知的な会話の場、場合によっては格闘の場になるかもしれないが、そういうものを提供することが経営アカデミーの日本社会における極めて重要な貢献になる」と述べた。

マネジメントの軸足は人間らしさへ  野中 郁次郎氏

■野中郁次郎 経営アカデミー名誉学長(一橋大学 名誉教授)
早稲田大学政治経済学部卒業。カリフォルニア大学バークレー校で経営学博士号を取得。著書に『組織と市場』(千倉書房)、『企業進化論』(日本経済新聞出版)、『アメリカ海兵隊』(中公新書)、共著に『失敗の本質』(ダイヤモンド社)、『知識創造企業』(東洋経済新報社)等。「ナレッジクリエイション(知識創造理論)」の提唱者。第6代経営アカデミー学長(2000~2008年)。経営アカデミー名誉学長。

昨今の日本の経営の凋落の理由は何か。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の時代の輝きは消え、日本の国際競争力は大きく低下したが、その背景には三つの過剰、「オーバー・プランニング(過剰計画)」「オーバー・コンプライアンス(過剰規制)」「オーバー・アナリシス(過剰分析)」があると思う。

人間は本質的に「未来に向かって意味づけと価値づけを探求する創造的主体である」という視点が欠落していたために、この三つの過剰を招いたのではないだろうか。

現象学の創始者であるフッサールは、第一次世界大戦後、「理性的な人間がなんでこんな大義のない戦争を起こしてしまったのか」という問いに対して、「日常の数学化」の行き過ぎを挙げている。すぐに対象化して分析することがはびこり、人間が直接経験によって無意識に行っている意味づけと価値づけの探求が疎かになったと指摘した。

経営学の戦略論でいえば、いわゆるマイケル・ポーターの競争戦略論に代表される、数量的で分析的で科学的な戦略論が今日まで支配的だった。MBAの教育も科学的な視点に重きを置いている。

一方、「ダイナミック・ケイパビリティ」を提唱するデイビッド・ティース、彼の弟子のヘンリー・チェスブロウの提唱する「オープンイノベーション」、我々の「ナレッジクリエイション(知識創造理論)」は、長らくマネジメントの中心にあったポーターの競争戦略論に代表される分析的で科学的な戦略論に代わり、より動態的で人間らしい戦略論を主張する点で相互に深く関わり合う。

複雑化し先の読めない時代に、マネジメントの軸足がより動態的で人間的になるのは当然の流れである。

我々が現在、主張している「ヒューマナイジング・ストラテジー」(戦略の人間化)では、戦略とは、一人ひとりの生き方を、相互主観を媒介にして組織の客観へと昇華し、新しい現実を共創する集合的な意味づけ・価値づけのプロセスであるとしている。

戦略とは「人が他者との関係性の中で共創する物語」である。「いま・ここ」の只中で、身体性を伴う直接経験を起点に、異なる主観を持つ者同士が対話などの相互作用を通じて、意味づけ・価値づけを行い、集団や組織が共有できる概念を生み出し、その概念を実現する組織としての物語をともに紡ぎながら、実践していく行為までが「ヒューマナイジング・ストラテジー」だ。

「いま・ここ・私だけ」が持つ一人ひとりの主観や経験の質を、組織としての「いつでも・どこでも・誰にでも」の客観へと昇華させていくことで、経験の質を数式による量に変換することが重要だ。

まず主観があって客観があるのであって、客観があって主観があるのではない。大事なことは、主観と客観を媒介するのは「私とあなた」という二人称における共感だ。人は人との関係性で人になる。人間の感性・理性のバランスや身体性の復権といったことがもっと、日本企業のマネジメントや経営システム、人事政策に反映される必要がある。

分析的で科学的な戦略論には人間の生き方が希薄だ。「何のためにそれを行うのか」「どんな物語を作っていきたいのか」といったパーパスのある「生き方」にコミットできなければ、人間は主体的に動かない。

組織が一体となって、目の前の現場、現物、現実に対して、ワイワイやりながら、徹底的に「知的コンバット(格闘技)」を行い、全身全霊で立ち向かい、新しいコンセプトや物語、数値モデルを展開していくことが重要である。

我々は、人間の生き方を軸とする「物語アプローチ」を重視している。物語アプローチは、人間を突き動かす経営者のビジョンや生き方の「プロット」(筋書き)と、ビジネスの各場面においてどの方向に行くべきかの判断や行動の指針となる「スクリプト」(行動規範)で構成される。「スクリプト」は、マニュアルではなく、我々の会社の生き方としてこういう行動を取った方がいいのではないかといった指針だ。

動きながら本質を極める、人と人がぶつかり合って、真剣勝負をしながら本当の共感に持っていくプロセス、そういう「知的コンバット」の場がどんどん劣化している。

組織においては、組織としての生き方であるパーパスを示すこと、「知的コンバット」が自然と起こる場を内在させること、また意味づけ・価値づけのプロセスを促進するリーダーを育成するような自律分散的な組織設計をしていくことがキーポイントになるのではないか。

マイクロソフトのCEOであるサティア・ナデラは、AI(人工知能)が普及した社会で一番希少になるのは他者に共感する力を持つリーダーであると述べ、「エンパセティック・リーダーシップ」を主張している。デジタルになればなるほど、他者に共感し、他者の視点に立つことが重要ではないだろうか。

新規事業で「目の前の現象を問う」  沼上 幹氏

■沼上幹 経営アカデミー学長(一橋大学大学院 経営管理研究科 教授)
1983年一橋大学社会学部卒業。1988年一橋大学大学院商学研究科単位取得。成城大学経済学部講師、一橋大学大学院商学研究科教授、一橋大学副学長などを経て、2018年から一橋大学大学院経営管理研究科教授。著書に『行為の経営学』(白桃書房)、『組織戦略の考え方』(筑摩書房)、『経営戦略の思考法』(日本経済新聞出版)等。1989年から2002年まで経営アカデミーの経営戦略コースやトップマネジメントコースでグループ指導講師などを務めた。

野中先生のご意見にあった目の前で起こっていることについて、自分はどう見るのかを問うといったことが日本の大企業ではできなくなっている。システムができ上がった会社に入った場合、自分がそれをどう見るかより前に、先にシステムがあるという感じではないかと思う。

野中先生のお話を伺っていて思い浮かぶのは、基本的にはベンチャービジネスが、ゼロから会社を作っている時に、顧客の声も手触りで手探りしていく、その中でどう考えるかと自らに問い続ける起業家の姿だ。

日本における起業家の育成は、もっと活発化しないといけないが、日本の大企業でこれを行うには、やはり新しいことをやらないといけないと思う。

多くの企業が更新投資に追われているような状況では、たぶん野中先生が指摘された局面が登場することは少ない。本社のコントロールから離れた新規事業をトライするといった会社が増えていく必要がある。

新しいことに各自がチャレンジしていく中で、「自分の目の前にある現象の背後のメカニズムを考え抜く」といった場面をどれだけ今の企業が提供できているかということが問われている。

 

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